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バレンタインの歴史
バレンタインの歴史

バレンタイン司祭は3世紀のローマの人です。 一説によると、当時の皇帝クラウディウス2世は、強兵策の一つとして兵士たちの結婚を禁止していました。これに反対したバレンタイン司祭は、皇帝の命に反し多くの兵士たちを結婚させました。このため皇帝の怒りをかい、ついに殺されたということです。この殉教の日が西暦270年の2月14日で、バレンタイン司祭は聖バレンタイとして敬われるようになり、この日をローマカトリック教会では祭日とされているそうです
はじめのころ、聖バレンタインデーは司祭の死を悼む宗教的行事でした。これが 14世紀頃からは若い人たちが愛の告白をしたり、また、一説には2月が春の訪れとともに小鳥もさえずりをはじめる、愛の告白にふさわしい季節であることから、この日がプロポーズの贈り物をする日になったともいわれています。

日本では、バレンタインデーは女性から男性へ愛の贈り物として、チョコレートを贈る習慣がありますが、現在の形のバレンタインデーの始まりは、昭和30年代(1950年代)に入ってからのようです。 以後、多くのことが関係して「バレンタインデーにはチョコレートを女性から男性に」という習慣が定着し、今日のような盛んな行事になったようです。
○朝日新聞1996年(平成9年)9月21日付け日曜版{地球「食材の旅」・カカオ}に日本のバレンタインデーのルーツが掲載されていますので、抜粋してみました。

  • 1958年(昭和33年)2月メリーチョコレート会社(東京)は新宿・伊勢丹の売り場に「バレンタインセール」と手書きの看板を出した。3日間で売れたのは30円の板チョコ5枚と4円のカード5枚だけであった。
  • 翌年ハート型チョコを作った。「女性から男性へ」という殺し文句を作ったのもその頃だ。
  • 1992年に聖バレンタイン殉教の地イタリア・テルニ市から神戸市に愛の像が送られた。神戸が日本のバレンタインデー発祥の地と分かったからという。
  • チョコレート会社「モロゾフ」(神戸)は1936年(昭和11年)2月12日に、神戸で発行されていた外国人向け英字新聞にバレンタインデー向けチョコレートの広告を出している。
昭和30年代後半になるとバレンタインデーを積極的に売り出す動きも出てきました。
例えば、森永製菓では1960年(昭和35年)にバレンタイン企画を新聞広告などのマスコミを通して行ない、チョコレートの販売を促進しました。
  • この時期にはバレンタイデー用のチョコレートをお買い上げいただいた方々を劇場に招待したり、景品には当時大変貴重であった腕時 計をプレゼントとするという新聞広告もありました。
  • 各社がハート型チョコレートを発売したのもこの時期です。
  • 多くのチョコレート会社が「バレンタイデーにチョコレート」の販売戦略を進めていくうちに、昭和40年代末から50年代にかけて、 女性のこころを捉えて徐々に盛り上がり、今日のように盛んな行事になったと考えられます。